ヨガで心をととのえるシリーズ㉒

こんにちはクォンタムアイ 東京 のみなもです。

現代の私たちにとても馴染みのあるヨガですが、

その教えはヒンドゥ教徒の間で最も敬われている聖典の1つ、「バガヴァット・ギーター」から数多く引用されています。

約2000年前に成立されたとされるヨガの根本経典「バガヴァッド・ギーター」、サンスクリット語でバガヴァットは神、ギーターは詩とされますがバガヴァット・ギーターには、私たちの人生をより素晴らしいものにしてくれる古代賢者のさまざまな智恵が記されています。

《欠陥があっても捨てるべきではない》

その中に、《生まれつきの行為はたとえ欠陥があっても捨てるべきではない。全ての企ては欠陥に覆われているものだ》という一説があります。

生まれつきの行為とは、自分では選べない、自分の産まれ育った環境、持って生まれた体質、性格だったりします。例えば、自分は何でこんなに気が利かない性格なんだろうとか、なんでこんなに太りやすい体質なんだろうとか。それぞれが自分に納得できない所もあるのではないでしょうか。

ギータではそういった欠陥と思える様な部分も捨てるべきではないですよと説いています。 そして、全ての企ては欠陥に覆われているのだと繋がっていますが、全ての企てとは人生、私たちの人生は何かしら欠陥があるもの、生まれてから大人になるまで、完璧に生き抜く人は絶対にいません。ですので、人生の中では自分が欠陥と思える様な部分があったとしても、受け入れ、好きになってより良く人生を生きていきましょう、そんな教えになっています。

コンプレックスからの転機✨

小学生の頃、私は背が小さい方でその事を少しコンプレックスに感じておりました。クラスで整列すると一番前か、良くて前から2〜3番目、教室での席の場所も前列が殆どでした。

クラスの中に人気者の女の子がいて、その子は大人っぽくスラっと背が高かったので、自分にない部分への憧れがあったのかもしれません。高学年になるまでずっとそう感じていました。

私の小学校では毎年秋に運動会が開催されていたのですが、転機は6年生の運動会の時に起こりました。

最高学年は種目に騎馬戦がありました。4人1組になり、3人が組んだ馬の上に1人が乗って、相手の鉢巻を取るという競技です。誰が上に乗るかはグループ内で決めて良く、私のグループは小さい方が軽くて有利だろうという事で、私が上に乗ることになりました。それまで、背が低いことは私の中ではマイナスでしかなかったのですが、ここに来て活躍できる場所が与えられました。元々動きはすばしっこい方で隠れていた闘争心もムクムクと湧き上がり、競技本番では、向かってくる相手の鉢巻をあれよあれよという間に奪い取り、数騎残った騎馬で改めて決勝戦が行われ、最終的に優勝しました。背が低くても良いこともあると感じた瞬間でした。

 

人は皆それぞれに自分では受け入れ難い、なければ良いのになと思う部分を持っています。ですが人生そのものが完璧ではない、欠陥があって当たり前なのです。だとしたら、少し心を柔らかくして、完璧じゃない自分も受け入れてみませんか。

自分を好きになることで幸せの可能性が広がると良いですね。

 

                                              富澤

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